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March 28th
2011

まだまだ先は見えないけれど、家族の絆で乗り越えます!

カテゴリー: My Life / My Disney, Weblog, 東日本大震災

皆さん、こんにちは。

先日の被災地へのペットレスキューにつきましては、多くの方々に励ましを頂いたこと、改めて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

その後ですが、レスキュー終了時点で既に夜の10時を回っていたこと、そして今回のカメラクルーさんの空港までの送迎に、我が家の車を貸し出したため、その車のピックアップも必要であったこと、そしてまた、別に団体にしばらくの間ペットレスキューに使って頂くべくトラックを貸し出す関係から、その夜は、仙台ではなく、福島県内に退避している両親のところへ行くことにしました。

夜中の2時頃に両親のところへ到着。
震災以来初めて両親の顔を見ることが出来ました。

それまでは気になってはいても、車にガソリンゼロ、電車も新幹線も止まっている状況では、会いに行くことはかなわず。

それまでも、電話などで今後のことなどを話し合ったりしてきましたが、それでも顔を合わせて話できる機会に、思わぬところで恵まれ、これまたレスキュー団体に感謝。

一番は、残念ながら絶命していた愛猫ですが、遺体が傷んでしまわない前に両親に安らかな死に顔を見せてあげられたことでした。
言葉では「もうあきらめている・・・」とずっと言っていた両親でしたが、それでも毎日愛猫のことは気になっていたはず。亡骸を見て万に一つの望みが打ち砕かれた悲しいことではありましたが、それでも今後「生きているのか、死んでいるのか、苦しんでいるのか」とずっと気にしているよりは、両親の精神衛生上よかったと思います。

 

翌日早速郊外のペット霊園へ。
お焼香をしてから火葬場へ。

火葬している最中、両親は待合室で待っていましたが、私は空に立ち上る煙を見ていたくて、外の車の中にいました。その日は強い風雪の日で、煙をはっきり見ることは出来なかったのですが・・・23年間長生きをしてくれた愛猫に、感謝と・・・そして最後を腕の中で看取ってあげられなかったことへの「ごめんね」の気持ち。そして天国で安らかに元気に暮らして欲しいという願いを込めて、煙を見つめていました。

そのうちに火葬が終わったという知らせ。
祭壇の部屋に行くとなぜか、作務衣姿のペット霊園のオーナーがボロボロと涙を流しています。聞けば火葬の間にオーナーと両親が話している最中に、この猫は被災地で絶命したことから、今回のペットレスキューのことを話すことになり、それを聞いたオーナーが感極まって大泣きしたというのです。

作務衣姿のペット霊園のオーナーは言いました。
「私たちもずっと被災地のペットたちのことは気になっていた。それなのに結局自分は何も出来なくて、被災地以外の団体の方々が手を差し伸べてくれたとは、なんとありがたいこと・・・」と言ってまた感極まってボロボロ泣かれるのでありました。

本当に動物たちを心から愛してくれていることがわかりました。
今回の火葬や祈祷などの料金を大幅にお安くしてくださった上に、団体への寄付金までくださいました。そして、「以前、別の震災の時に、ペットたちへの義援金を仲間内で募りましたが、その時も結構な金額が集まりました。そのような協力は出来ますので、お声をかけてください」というありがたいお申し出。

寄付金・そのお申し出について、代表に伝えますということで帰ってきました。
本当に愛猫を失ってぽっかり穴の空いた心に染みる素敵な出来事でした。

 

その後お骨を持ち帰り、私たち親子はこれまでにないくらいいろいろな話をしました。
実家を離れて早20年以上。その間時々帰省はしていましたが、お互いにあまり真剣な話や心を割っての話というのはあまりしてこなかったような気がしますが・・・今回は両親も私も心を割って真剣にいろいろな話をしました。

今回の震災で、あまりの実家の倒壊の惨状に驚き、ふるさとの荒れ果てた姿を実際に目にして、絶望感さえ感じた私でしたが、両親たちが震災から2週間経って、かなり気持ちの上で前向きになっている姿を見て、非常に頼もしく感じ、逆に力をもらった感じでした。

 

もし私が父だったら・・・そう思うと、父の前向きな姿勢に大きく心をうたれました。

生まれて70年以上住み続け、家を建て(祖父母の家と2軒)、広い土地・耕作地を持ち、ずっと農業を営んできたふるさと・・・放射能の心配のない土地であれば、もう復興の手は入り、未来に向けて瓦礫の撤去、今後の住宅の建て直しなど、後は前に前に進んでいくだけです。

ところがそれもままならないふるさと。いつ戻れるのか、或いは永遠に戻れないかもわからない。原発の退避のために、津波や震災で死亡した方々の遺体は収容されずそのままの状態。幸い我が家は親戚には犠牲は出ませんでしたが、両親も私も多くの友人知人が行方不明で、その行方はほぼ絶望的です。

復興しようにもいつ復興できるのか、或いは永遠にあの美しい故郷に足を踏み入れることは出来ないのか。せめて思い出の品々を持ち帰るくらいのことが出来る一時帰宅でもいつか許されるのか・・・何もかもが白紙の原発退避区域。

 

父としては戻れた場合、戻れなかった場合と両方のケースで、いろいろ具体的なことを考えているようでした。震災直後一時精神状態が悪い父の叫びを聞いた後なだけに、かなりほっとしました。

私の今後の人生設計も、ふるさとはいつでもそこにあり、両親もそこで骨をうずめる・・・という前提で考えてきたので、私の人生設計も大きく変わるわけですし、それを伝えなければ、両親たちも自分たちの先を決めることが出来ません。

私も今まで、まだ父母に話すのは早いと思っていて話していなかった、今後の将来設計図を話しました。

 

まず、私が今仙台にとどまっている理由は、老齢の猫が住みなれ、安心できる場所でストレスなく生きて欲しいから・・・。何年か後、悲しいことですが、子供のいない私にとって子供同然であるタビもいつか去ってしまいます。そしたら私が仙台にいる理由はなくなること(→仕事先は海外や東京で、内勤の仕事に至っては日本中どこででも出来ます)。そしたら、両親とともに同居し、もし両親の健康状態が許すのであれば、フォークランドに移住して野生動物の保護のために活動したいと思っていること。野生動物が諸島から姿を消す南半球の冬季(日本の夏季)は、日本に戻りつなぎの仕事をしつつ、両親と一緒に暮らそうと思っていること、などを告げました。

 

両親たちは、これまで「同居して欲しい」とも、私の今後の人生設計にも、一切口出しはしてきませんでした。私に自由に思うように生きて欲しい、と思ってくれているのをずっと感じていました。

今までと変わらない住み慣れた場所で、たくさんの知り合いや友人に囲まれた平和な土地に二人を残していくなら、二人が高齢になるまでの間なら抵抗はありませんでしたが、慣れない新しい土地で、一から人のネットワークも築いていかなくてはならないようなところでやりなおさなければいけないなら、放ってはおけません。

 

ということで、今までウン十年(爆)生きてきた中で、この2日間は両親たちともっとも密な会話をしたように感じています。そして改めて、家族の強い絆を感じています。

私たちの今後は、残念ながら原発の事故でまだまだ先の見えないものになってしまったけど、そこは家族の絆で乗り越えていこうと、改めて心に誓った2日間でした。

 

なお、話は変わりますが、ペットレスキューは今日も被災地で活動中です。今回は同じように被災地にペットを置いてきた地元の方がナビをしているようです。彼らがまた多くのペットを救いに行ってくれている・・・本当に頼もしく、ありがたく感じています。

彼らの東北の震災地域でのペットレスキュー活動が終わった頃、改めて、団体や彼らのことについてご紹介申し上げたいと思っております。4月には、彼らの活動の映像も含めた全国ネットでの特別2時間番組も放映されるそうです。その頃になりましたら改めて、ご紹介申し上げたいと思いますが、本当に熱い心と人情溢れる素敵な方々です。

先にも代表の奥様と電話でお話したばかりなのですが、今後の活動も出来る限りのお手伝いをしていきたいと思っております。

 

 

 

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コメント / トラックバック14件

  1. くみ より:

    本当に強いお父さんですね。
    こんな時はやっぱり家族ですよね。
    ご両親が無事で本当によかった。

  2. 斎藤美香子 より:

    くみさんへ

    照れくさいですが、自慢の父です。
    どんな苦境でも、「駄目」とか「出来ない」と最初から決め付けずに、「やれる!」と100%信じて、ポジティブな考えのもとでどんどん行動し、ついには驚くような偉大なことまでも成し遂げてしまう父です。

    くみさんもご自分のご家族にすごく誇りを持っているのを感じます。
    ありがとう。

  3. manchot より:

    全国の自治体や、個人が、「住める家を用意してます。」と言ってますが、住み慣れた地を離れることは、そう簡単ではないと思います。

    ここで最期を迎えることになんの疑問も持たず、同じ景色を見て、送られる・・・・そう信じてきたのに。

    仮設住宅がいいのか、避難的に知らない土地で暮らすのがいいのか、答えはわかりませんが、生きて行くことにが前向きに考えられるような答えが出せたらいいなと思います。

  4. にゃり より:

    お疲れさまです。
    猫さんのことも、ほんとになんと言ったらいいか言葉も出ません。
    わたしも、自分の身にも起き得ることとして、考えています。
    TABIさんみたいに、しっかり将来のことも考えなきゃと思います。
    うちの両親は群馬に住んでるのですが、地震の後はガソリンがなくてどこにも行けなかったらしいです。
    車がないと買い物もできないところなので、死活問題です。
    高齢になって車が運転できなくなったら…とか、いろいろ考えてしまいます。
    被災地にくらべたら全然たいしたことじゃないのだけれど、わたしもいろいろ覚悟を決めようと思いました。

    TABIさんのブログで教えていただくことは本当にたくさんあります。ありがとうございます。
    どうか、ゆっくり休んでくださいね。

    あ、事後報告になってしまいましたが、ツイッターでTABIさんのブログのこと、何回か紹介してしまいました…。
    たくさんの人に読んでほしくて。
    勝手にすみません!!

  5. sorata より:

    正直今回の事については何と声をかけていいか・・・
    まずは実家の猫ちゃんですが住み慣れた落ち着いた場所で最期を迎えられて良かったと思いたいですし、ご両親もどうなっているかと心配されていたでしょうからまずは一つの区切りがつけれて良かったと思います。
    それにしても今回の活動は本当に大変でしたね。 それに最近では何でもモンスター何とかと言われる人が多くなっていますが、まさにそんな感じですね。自分の思い通りしてもらう事が当然の権利だと思い込んでいる人が増えてきているようで同じ国の人間として心苦しいです。
    被災されて避難所生活をされている方たちは本当に大変だと思いますが、個人的にはこんな時だからこそペットたちの癒しが必要なんじゃないかと思っています。

  6. どらきら母 より:

    色々な事を教えてくれますね。自然・・・

    そしてご両親と大事な話が出来た事前向きに考え、良かったですね。

    ご両親も頼りがいのある娘と一緒なら住めば都になりますよ!きっと

    こんな私でも磨り寄ってくるおっさん顔のどらと自由を奪って家猫にしたきらを守るぞ~!

  7. 斎藤美香子 より:

    manchotさんへ

    そうですね…特に私の地域は、両親も含め農家がほとんどの地域ですので、失うのは家だけでなく、耕作地と仕事…つまり、今まで何十年もかけて築いてきたもの、ほとんどなんですよね・・・。

    被災地では復興へ向けて、人々が力強く動き出しています。
    私たちの地区は、原発のせいで、復興に着手するのもいつになるのか…或いは永遠に着手出来ないのか…すべてが不透明で、深い闇にでも落ちた気持ちです。

    といっても、何とか這い上がるしかないんですよね。ありがとうございます。

  8. 斎藤美香子 より:

    にゃりさんへ

    温かいコメントありがとうございます。
    いや…将来のこと…気持ちはジェットコースターで、前向きにならなければ!と思ったり、自分でも驚くような深い闇に落ちてもがいているような気持ちになったりで、全然しっかりしていません。

    地震の後のガソリン…そうなんですよね。田舎(私の実家も含め)は車がないとどこへも行けなくて、死活問題ですよね。ご両親様を心配されるお気持ち、お察しします。

    今回の災害は、被災地の人間だけでなく、それ以外の多くの人々の今後や将来設計にも大きく陰を投げかけることになりましたね。1つ歯車が狂うと、元に戻すのは大変ですよね。

    ツイッターでご紹介いただいたなんて光栄です。ありがとうございます。
    まだツイッターを始めていないアナログ人間です(汗)

  9. 斎藤美香子 より:

    sorataさんへ

    温かいコメントありがとうございます。sorataさんのお気持ちが心にしみます。

    震災でひどい被害を受けた地域も、まだまだ大変な状況ながらも、復興の手がどんどん入りつつあります。
    原発のせいで、それもままならない、いつ復興に着手できるのか…或いは永遠に出来ないのか、本当に先の見通しがつかなくてあせるばかりですが、おきてしまったことは…もう覆らないんですよね…。

    ペットに関しては、避難所につれてきた人たちが肩身の狭い思いをしたり、泣く泣く別れてこなければならなかったり…と、本当に心痛む現状ですが、人もペットもこれから住環境が改善されることを願うばかりです。

  10. 斎藤美香子 より:

    どらきら母さんへ

    温かいお気持ちありがとうございます。

    頼りがいがある娘になりたいのですが、まだまだです。
    前向きに…と決心しても、気持ちはジェットコースター。弱気&ネガティブな心に支配されたり…で奮闘中です。

    今回、立っていられないゆれの中で最初にしたことは、宮城県沖地震に備えていつも手の届く所に置いていたキャリーバッグに、タビを入れることでした。地震が来るといつもおびえて家中を駆け回るので捕まらなくなったら大変なので。

    どらきらさんも、震災に備えてくださいね。ありがとうございます。

  11. じろ より:

    何を書いていいのかわからないの。一杯一杯伝えたいことはあるのだけど、だめだぁ。

    願わくばタビさんのご両親がいつかいつか住み慣れた故郷に帰れる日が来ますように。

    今度、タビに会うときは、前のようにタビは私になついてくれるかナァ・・・仲良くしてくれるといいなぁ。

  12. TABIさん、もう一つサイトの方には、疲れて帰って来たのに、丁寧にコメントを返してくれて、ありがとう!
    ひとりひとりに、むしろTABIさんが励ましてくれるような言葉で、あたしゃ泣けてきてしまいました。本当にありがとう!

    農家の人にとって土地を失うということは、
    筆舌に尽くしがたい思いだと思います。
    塩や汚泥に使った土地を以前のような大地に直せたら・・・・。
    石原都知事が築地市場を有害な土地に移そうとしてるけど、
    “有害な土地を安全な土地に改良できるから大丈夫”と豪語してたよね。
    そういう技術をもった技術者を、まず今回被災した土地に投入できないものか・・・と思う。

    不如意な生活はさぞしんどいだろうけれど、
    これまでおっそろしい旅をガッツと運とで(?)乗り越えてきたTABIさんなれば、きっと大丈夫!大丈夫!大丈夫!
    って、祈ってます!とにかく、体調を壊さないように!

  13. 斎藤美香子 より:

    じろちゃんへ

    コメントありがとぉぉぉ~★じろちゃんに私もいっぱい言いたいことあるよぉ(涙)
    ばたばたしてなんだかな~の毎日なんだけど、じろちゃんのこと、よく考えるよ。
    あっ、そういえば遅ればせながらスカイプ入れたのさっ♪じろちゃんも入れてる?入れてたらスカイプで話そうよ。

    あと、落ち着いたら仙台にまた来てね。タビは絶対前と同じくなつくよぉ!!

  14. 斎藤美香子 より:

    シャンティcocoさんへ

    いんや~、こちらがcocoさんも含め、皆さんにお礼言わなきゃだよ。ホントに応援してくださる方々の気持ちが身にしみて、癒されてます。ありがとう。

    もうね、今は毎日非現実的な妄想に浸ってて(爆)、ウルトラCで原発問題一気に解決できないかなって、そればっかり。
    福島人、皆我慢強い人たちばっかりだけど、やっぱり長期的に先が見えないとつらすぎる。せめて、何ヶ月、何年、或いはずっと帰れないのか、早い段階ではっきりして欲しい。そしたら、根性で待てるかもだけど…一旦戻っても、何年も土壌入れ替えとか風評被害とかで、農業は壊滅かもだけど、せめて両親を含め高齢の人たちには、住み慣れた土地に早く戻れるようになるといいな、と思って。

    高齢の人たちには、放射能被害より、慣れない土地でのストレスのほうがずっと命を縮める原因になるんじゃないかと思って。

    気がもめるばっかりだけど、まずは支える若い者(→お願いだから私も入れてね:笑)が精神衛生を保たねば、なので、気をつけます。お気遣いありがとう♪

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  • 斎藤美香子: シャンティcocoさんへ cocoさん、おひさぁ~~(#^.^#)...
  • シャンティcoco: ふぅ。やっとここに入れた・・・ と思ったら、...
  • 斎藤美香子: ようめさんへ ようめさん、コメントありがとう~~(#^....
  • 斎藤美香子: ダニーへ コメントありがとう。年末風邪ひいた時にビタミ...
  • ダニー: (=^・・^=) 向こうに住んでて、こちらにはたまに仕事で来るんでし ょ?...

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