Home > Weblog > My Life / My Disney > さらば故郷(3)

Weblog

April 10th
2011

さらば故郷(3)

カテゴリー: My Life / My Disney, Weblog, 東日本大震災

 

1日目の作業後、通行制限のある20km圏を出て被曝スクリーニング検査を受け、両親の退避している郡山に着いたのは夕方4時半頃でした。

その日の作業はこれで終わりではなく、今度は市内に契約したトランクルームに、持ってきた物資を運び込まなければなりません。この作業に更に1時間半。退避先に戻る頃には朝からの作業を開始してから半日以上経っていたので、両親はかなり疲れたと思います。

私はと言えば、体力だけがとりえの人間なので(爆)、そう疲労感はありませんでしたし、翌日の作業に向けて、「父のあの本とあの本は取って来たい・・・」など思いをめぐらせていました。

 

余談ですが、私が本や英語好きになったのも、世界のまだ見ぬ秘境に憧れ、海外取材コーディネーターという職に就くことになったのも、すべてのルーツは、父と、あの世界中の書物がぎっしりの父の書斎にあったのです。

登山家の父は、私が幼い頃からヒマラヤ登山に出かけたり、私を日本国内の山歩きに連れて行ってくれました。そんなことから私は、まだ見ぬヒマラヤや世界の秘境に自然と興味を持つようになり、和洋書いろいろ混じった本を幼少の頃から眺め、私の目は、あの父の書斎から世界へと向けられるようになったのでした。

そんなことから、私自身も思い入れの深い書物もあれば、また、どの書物がもうお金を積んでも買えないような貴重な本かというのもよくわかっていました。

 

ところが・・・
思わぬ理由で翌日の一時帰宅は取りやめに・・・。

このあたりの事情はプライバシーにかかわることなので割愛しますが、本当に無念でした・・・翌日も行けると思っていたので、故郷に特に別れを告げることもなく、「明日また来るからね~」と故郷のいとしいものたちに心の中で声をかけて、明るく去ってきたのに・・・。

 

その夜は、終日の作業で疲れてはいましたが、なんともやるせない思いで、眠りにつくまで時間がかかりました。仕方ない・・・仕方ない・・・と自分に言い聞かせながら。

 

翌朝。

地元新聞を広げると、第一面に「政府、退避区域住民の一時帰宅を、11日以降をめどに調整」の文字。

 

これで一気に気持ちが明るくなりました。
勿論この一時帰宅は相当の短時間に絞ったものになるでしょうが、政府が公的に一時帰宅を認めるということは、各避難所で悶々とただただ待つだけの人々に、久しぶりに明るいニュースになることでしょう。何せ殆どの方々は、貴重品もほとんど持てずに、文字通り着のみ着のままで退避するしかなかったのですから。

そして、退避区域に残されたペットたちにも救いの手が入ることになるでしょう。
勿論殆どの住民は、ペット持ち込みが出来ない避難所暮らしですが、このところ急速に被災ペットへの関心が高まり(→これは先日紹介したUKC JAPANさんの被災地でのペットレスキュー活動が、広くテレビなどで紹介されたことも大きなきっかけになったと思います)、ペットのシェルターや一時預かり所なども充実してきています。なんらかの形で、残されたペットたちが救われることを願ってやみません。

 

11日といえば明日ですが、今のところ一時帰宅の期日はまだ決まっていないようです。何とか1日も早く調整が終わればと、退避区域の動物たちのことを考えると気がもめてなりません。

 

ということで、一時帰宅が出来なかった2日目は、トランクルームの整理や、父のパソコンのセッティング、今後の話し合いなどをしました。

両親としては、とにかく少しでも早く、どこか自然に囲まれたのんびりとした土地に引っ越して出直したいと考えているようですので、その翌日仙台に帰宅してからは、その引越し先や物件などを探す作業をしています。

 

ちなみに、退避区域の各自治体は、住民を避難所から、もっと落ち着けるホテルや温泉宿、公営住宅などへの移動の斡旋を始めつつあります。こうした斡旋は、避難所に退避している住民が優先され、うちの両親のように、親戚や友人宅などに身を寄せている個別退避住民は後回し・もしくは対象にならないというような話です。

このことから最近個別退避をやめて避難所に集まってくる住民が増えていて、避難所は当初よりも混み合ってきているようです。また、住民の間では、こうしたことに対する不公平感から自治体への不満も募っているようで、避難住民のネット上の掲示板などでは、こうした話題が持ちきりのようです。

 

退避生活の疲れや先の見えない今後への不安などで、住民の精神状態はかなり追い詰められているので、こうした反応は至極もっともだと思いますし、こうしたことをウルトラC的に解決するような妙案も絶対ないであろうことも非常に気がもめることではあるのですが、とにかく今の段階では、それぞれが何とか自分の心身の健康を保つことが大切でしょう。

 

そうしたことからも、お金よりも精神的な安定を求めることにして気持ちの切り替えをしている両親・・・娘としては有難いのです。本来必要のなかった多額の出費が出る毎日。今後のたくわえや補償も不確実です。でも、両親の余生は私よりもずっと短い・・・その余生を、先の見えないものにすがって一喜一憂したり、悶々として過ごして欲しくはないのです。お金よりも、まずは時間を大切にして欲しい。少しでも早く生活の足場を固め、不自由ながらも少しずつ日常を取り戻して欲しい・・・そう思うのです。

 

原発の事故の「とりあえずの」収束にも何年かかるか見込みが立たない今。廃炉作業が完了するには10年以上かかりますが、このまま大きな問題や新たな事故が起きなければ、その前に住民が帰れるレベルまで状況が落ち着くこともあるでしょう。

 

私はこの「いつ帰れるか?」という問題に関して、非常に浅はかな考えをしていました。農業の再開には更に土壌入れ替えなど、更に気の遠くなるような時間がかかるけれど、とりあえず放射能レベルが安全値で落ち着けば少なくとも自分の家で暮らせる日が来ると。

 

父はこの問題に関しては当初から言っていました。「2~3年戻れないということは、その土地の、コミュニティの終わりを意味する」と。

つまり・・・2~3年戻れないということは、その間の生活を保持するために、若い住民層は、新しい土地で仕事を見つけ、子供の教育も生活も安定させていかなければならない。そして、その後戻れることになっても、子供の教育や健康、将来性、地元の雇用状況もも考えれば、戻る理由は何もないと。

 

確かに・・・私はそこまで考えが及びませんでした。

事態が収束しても、敢えてそこに戻ろうとする人が何人いることか・・・地元の主産業である農業や漁業を再開させるまでにはまだそこから更に何年もかかる。地元にあった工場や大型店も、その後も続く不便や風評を考えれば他に移転するでしょう。住民が少なくなれば、病院や学校、商店などの基本的な生活インフラも確保されなくなるかも知れない。そして町は、年金暮らしの老人だけの町になる可能性だってある・・・。

 

事故が収束し、住民が帰宅できるレベルまで放射能の心配がなくなっても、町が元通りになる可能性はほぼゼロなんですよね・・・。

 

でも・・・
今回、私たちの地域も人生も、原発と東電というモンスターたちによって大きな打撃を受けてしまったけど・・・本当に悔しいけれど、どんなに悔しがっても悲しんでも、おきてしまったことは覆らない。だったら、あんなモンスターたちに人生をかき乱されるのは、必要最低限にしないともっと悔しい。

 

補償問題の解決は、5~10年単位の話になってくるでしょう。そして、残念なるかな、住民側が十分満足できるような補償結果になることは、あまり期待できないように思います。

原発誘致の際には、反対の声を封じ込めるために各方面にあんなにお金をばら撒いたのに、事故が起きての一時見舞金は1つの自治体あたり2000万って・・・住民一人当たり1000円にもならない見舞金です。それを鑑みても、東電上層部の人たちが常識のある方々とは到底思えませんし、誠意ある十分な補償を期待するのは難しいでしょう。

 

勿論十分な補償を求めての活動などは出来る限り参加していきたいとは思いますが、先も言ったように、

 

「あんなモンスターたちに、一度しかない人生をかき乱されるのは、必要最低限にしないともっと悔しい」

 

今後はいずれにしても長期戦の戦い。小さなことで一喜一憂してたら心身の健康も人生もめちゃくちゃにされる。もうどっかり構えて、1日も早く日常のルーティンを取り戻し、今までの暮らしの心持ちに、気持ちを戻していくことが大切だな、と考えています。

そして両親もそう考えているからこそ、早くも見切りをつけ、再出発に歩き出しています。

 

悔しく悲しいことはいっぱいあるけれど、そして今後も困難はたくさんあると思うけれど、粛々と日々を過ごしていく、心にゆとりを取り戻す、そして限りある人生の時間を、出来るだけ自分や自分の大切な人たちのために使っていくことを、心がけて行きたいと考えています。

Share and Enjoy:
  • del.icio.us
  • Facebook
  • MySpace
  • Twitter
  • Digg
  • LinkedIn


コメント / トラックバック6件

  1. リリス より:

    故郷を去るということは、辛く悲しいものですね。
    前回のご実家の写真を見ながらどんな言葉を掛けていいか分からず何も書けませんでした。

    あのたくさんの書物の積まれたお父様の書斎。
    あの場所から世界の秘境に自然と興味を持たれ世界に目を向けたというのはよくわかります。
    私も父の書斎でたくさんの本に囲まれて子供時代を過ごしました。
    田舎教師だった父の書斎に並んでいたのはほとんど日本文学や海外文学
    父の趣味の写真の本ばかりでしたけど。

    先の見えない不安、今後の補償問題、困難な事も悔しさも山ほどある事でしょう。
    応援する事しかできない私なのに、逆に前向きなTABIさんの言葉に励まされています。
    日常を取り戻され心の余裕が出来た時、ペンギンさんの話を熱く語るTABIさんの笑顔が見たいです。

  2. フォークランドにも行かねばならないし、ね。^^

    「登山家」の父・・・ってカッコいいですね。幼い頃から山で鍛えられてきたからTABIさんはタフなんですね~。
    我が父は「徒歩家」だったので、私は幼い頃から散歩ばかり。(しかも途中で飲み屋に寄るという習性が刷り込まれたww。)

  3. manchot より:

    お父さん、本当は全ての本を持って行きたかったと、思ってんだろうけど、その本を見るたび、今回の地震、津波、原発・・・まで思い出してしまうのが、辛かったから、バッサリ切り捨てたのかも。
    娘に対して、新たな所で、やり直すことを決めたぞっていう、強がってる部分、いっぱいあると思います。

    国も、東電もアテにして、我慢してたら報われる、なんてここ1ヶ月の状況からして、考えられないですね。

    強く生きて行く必要はないけど、自分で未来を切り開く
    「強い心」は必要だと思います。
    家族で力を合わせて、3歩進んで2歩下がるかもしれないけど、
    ゆっくりでいい、未来を信じて、前進あるのみ!!

  4. 斎藤美香子 より:

    リリスさんへ

    いつも温かいコメントありがとうございます。
    リリスさんもお父様の書斎でたくさんの本に囲まれ子供時代をすごされたのですね。そういう環境にあると、自然と本に興味を持ち、世界が広がりますよね。

    残念なるかな、「それ」がどんな大切な存在だったか・・・人間というのは、実際「それ」を失って初めて失ったものの大きさに気づくのですね。何事も永遠にそこにあるわけではないんですね。

    まあ間違いなく補償問題は長期戦になり神経の磨り減るものになると思いますが、それ以外の日常はなるべく心みだされることなく、心のゆとりを持っていたいと思います。

    ありがとうございます。

  5. 斎藤美香子 より:

    シャンティcocoさんへ

    そうそう、フォークランドはねえ、そんな中で心の支えなんですよ。ツアーに参加してくれる方の中にも直接・間接的に今回の災害の影響を受けた人もいるんだけど、皆さん「フォークランドを心の支えにがんばります」と言ってくださってるのがありがたいの。

    あ、それとcocoさんのブログで原発関係の発信、ありがとうございました!cocoさんの熱い思いが伝わってきて、すごくうれしかったです(涙)

    徒歩家ですか(爆)。ウオーキング、いいじゃないですか。健康には一番ですよ。で、cocoさんもうろうろ散歩が好きになって、行動派になったんですね~♪

  6. 斎藤美香子 より:

    manchotさんへ

    そうですね~。父にはそんな思いもあったのでしょうね。そして「あれを持とう」と思えば「これも、これも」とキリがなくなるから、スパッとあきらめたのかな(涙)。

    おっしゃる通りで、国も東電もあてにして我慢してたら救われる・・・という状況は絶対なさそうですよね。
    今日もニュースで「東電が事故補償のために積み立てていたお金は150億円。国が措置法に従って1200億円負担しても全然足りない」ってありましたが、退避区域の住民が失った財産の10分の1程度を補償するためだけでも何十兆円の世界なので、桁が・・・(大汗)。被害は退避区域住民だけでなく、広く農林水産業に渡ってますしね。交渉解決には長期化、納得の出来る補償額には落ち着かないことは100%間違いないと思います。

    manchotさんの「強く生きて行く必要はないけど、自分で未来を切り開く「強い心」は必要だと思います。」心に響きました。
    ありがとうございます。

コメントをどうぞ

Categories

Archives

Comments

  • 斎藤美香子: シャンティcocoさんへ cocoさん、おひさぁ~~(#^.^#)...
  • シャンティcoco: ふぅ。やっとここに入れた・・・ と思ったら、...
  • 斎藤美香子: ようめさんへ ようめさん、コメントありがとう~~(#^....
  • 斎藤美香子: ダニーへ コメントありがとう。年末風邪ひいた時にビタミ...
  • ダニー: (=^・・^=) 向こうに住んでて、こちらにはたまに仕事で来るんでし ょ?...

ページトップへ