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June 13th
2011

故郷への思い

カテゴリー: My Life / My Disney, Weblog, 東日本大震災

 

震災から早くも3ヶ月が経過しましたね。

最初の2ヶ月は、いろいろ考える余裕もなく過ぎていってしまった感がありましたが、ここ1ヶ月はどういうわけか、このず太い神経&単純バカの私が、珍しくクヨクヨと思い悩んでしまうことが多かったような気がします。

別に常に思い悩んで鬱々としていたわけではないのですが、気がつくと原発被災した故郷のことを考えてしまっていたり、関連のことが夢に出てきたり・・・。

 

まあ時間が経って、「もう故郷には帰れないのか」という思いが実感を帯びるようになったのかも知れません。もう考えてもしょうもないようなことを、気づけば考えているという感じでした。

私が実家に最後に帰省したのはお正月だったのですが、駅舎の明かりがぼ~っと灯った故郷の小さな駅のホームで、雪の降る寒い夜に帰りの電車を待っていた時の空気感や、実家の犬を連れて近くの川原(震災では、津波が相当に上った川)に散歩に行った時のことや・・・とめどなくいろいろな思い出が頭に湧き上がってきていました。

「ああ・・・もうあの駅舎から電車に乗ることはないんだろうな・・・(→常磐線のあのあたりはもう流された線路を復旧させることはないと思うので)」とか、「あの夜が実家で過ごした最後の夜だったのか・・・」とか・・・。

 

また、あの地域が完全立ち入り禁止になる直前に、自主的に一時帰宅した時のこともいろいろ考えていました。一番気にかかっていたのは、「あの時あの犬たちのリードをはずしてくればよかった」ということでした。「あの犬」というのは、以前一時帰宅したときのことをブログ(→こちら)に書いたのですが、隣家の2匹の犬のことです。

あの時は、その1週間後にも、正式な形での住民の一時帰宅が実施されるという発表が出ていたので、「あと1週間もすれば飼い主さんが帰ってくるからね」と話しかけて餌をいっぱい置いてきました。1ヶ月も二人(二匹)ぽっちで餌もないところで生き残っていたのに、まずは餌よりも私に擦り寄ってきました。よほど人恋しかったのでしょう。

そして、縄につながれたままで、よほどストレスも溜まっているだろうとは思ったのですが、ここでリードをはずしてしまったら、飼い主さんが一時帰宅した時に会えなくなってしまうと思い、リードはそのままにしてきました。

 

ところが・・・その後行政側の調整だ何だと、結局住民の一時帰宅は遅れに遅れ、実施されたのは、私たちが一時帰宅してから1ヶ月以上も経ってからでした。

その間、「ああ・・・こんなことになるなら、リードをはずしてくればよかった」という後悔に日々さいなまれていました。町ぐるみでの一時帰宅には我が家は参加しなかったので、今となってはあの犬たちが助かったのかどうかはわからないのですが(→普通に考えれば、1ヶ月以上も餌なしでは生き延びれませんが、どうやら何人かの人たちが包囲網をかいくぐって動物たちに餌をあげていたと聞いています)、何とか生き延びて隣の家族と会えたことを祈るばかりです。

 

それから、なんとなく心に重くのしかかっていたのは、とあるイメージでした。

「とあるイメージ」・・・それは、地震で蔵が崩れ、家の中も足の踏み場もないほどの惨状になった家に、「私一人」が戻り、いろいろな思い出がつまった1つ1つの品々を手に取っているイメージです。

先日一時帰宅した時には、家の軒先に私の大好物の芋がらが干してあったり、家で取れたじゃがいもやかぼちゃが転がっていました。
こうしたものは勿論朽ち果て、母が一生懸命手入れしていた庭も荒れ放題で・・・。

 

こうしたものに、もし「私一人」で戻って対面することになったら・・・なんてせつないんだろう・・・と、そんな気持ちが心に重くのしかかっています。

両親たちと一緒に戻って、「あ~あ、もうぐちゃぐちゃだね」なんて言いながら片付けするのは悪くない・・・というか喜びに満ちた作業かも知れない。でも、もし帰宅が何十年も先になったら、確実に「私一人」で戻って、こうした思い出の品々や風化した思い出の風景と対面することになるんだよな・・・と。そう考えると、とてもせつない。

幼少の頃に亡くなった弟や、去年亡くなったじーちゃんも眠る先祖代々のお墓もきっと朽ち果ててて、歴代の愛犬愛猫が眠るお墓も、雑草が伸び放題になっているんだろうな~とか。

 

せつないといえば、日々せつないな~と思うこと。
それは、両親たちが作ったお米の残りが少なくなってきたこと。

先日帰宅した時に、崩れた蔵の中にあった自家米を3袋持ってきました。放射能汚染地区から食べ物を持ってくるなんて・・・と思われる方もいるでしょうが、私にとっては、両親が丹精こめて作った大切なお米。


 (最後の一袋) 

大学進学で実家を離れて以来、自炊用のお米はずっと実家で作ったもの。お米など買ったことがありません。いつまでも実家のお米を食べられると思っていたのに、この1袋の残りがなくなったら、もう永遠に両親が作ったお米は食べられないんだな・・・と思うと、日々お米を研いだり食べたりしているとせつなくなります。

あと20kgほど残っていますが、多分1kgほどは精米しないままずっとお守りみたいな形で残して取っておきたいと考えています。

 

先に述べた私の大好きな芋がらも、残りはあと3束・・・これは腐ってしまうものですから早めに食べなければならないのですが、もったいなくてなかなか食べられずにいます。


 (芋がら) 

近しい家族を失ったわけでもない、ただ故郷を失っただけでもこんなに切なく悲しいのに、近しい家族を震災で失った方々の気持ちを考えると、気が遠くなる思いがします。

 

いつでも、いつまでもそこにあると信じていたものは実は永遠ではない・・・今回の震災で、それを一番思い知りました。

大切なものや大切な人たちをいつくしむ気持ちは、常に忘れてはいけないし、そうした大切なものたちに囲まれて生活しているというのは、本当は絶妙なる奇跡の上に成り立っていることなのかも知れませんね。

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コメント / トラックバック12件

  1. Takema より:

    お久しぶりです。

    今日(月曜日)は休みだったので、日帰りでとにかく北上してみようと
    広野まで行ってきました。

    四倉のPAでたまたま隣に止まった災害救援の自衛隊さん
    (1台@2人)が、トイレに行ったあとおもむろに例の防護服に
    着替え始め‥やはり原発絡みに行かれるのだそうで
    「この服を着るとむちゃくちゃ暑いんですよ、でも仕事ですから!」と
    おっしゃるのを聞いて「よろしくお願いします」
    と申し上げるのが精いっぱいでした。

    ちなみにわたしの住まいと同じ千葉県内駐屯地からの派遣だと
    いうことでした。

    広野ICを降りてすぐ先にはJヴィレッジ=原発対策の最前線基地。
    観光バスや重機を載せたトレーラーがどんどん出入りしていましたが、
    おそらくほぼ全ての車が原発対策関連のものだったのでしょう。

    このあと久之浜鉱泉(外観見学のみ)、そして谷地鉱泉の2軒に
    ご挨拶をしました。石川屋旅館さんでは入浴もしないのに
    「おばあさんのために毎日焼いているパン」をいただいたり
    (復興のお手伝いに来たつもりが施しを受けただけ)、
    田村屋旅館さんではしみじみといろいろなお話を‥。

    このエリアも福島第一からは30km内に位置することもあり
    一時期は全員避難をなさったそうです。
    そして今も誰もが戻っているわけではありません。

    広野町のほとんどの家々や商店は完全に閉められていましたし
    いわき市に属する谷地鉱泉の界隈も閉められている家が多い。

    田んぼにも稲は植えられておらず、わずかに自家用の畑に
    多少のネギやジャガイモ、そして終わりかけのエンドウが
    見られるばかりでした。

    いわき市側に入ると「人の営み」は濃くなりましたが、
    今日の日帰り旅行は何だかいろいろなことを考えさせられました。
    以上、長くなりましてごめんなさい。

  2. jessica より:

    そこにはいろいろな「想い」がありますからね。
    心の中にある「想い」を無くす事は出来ないよ。でもだんだん今の「想い」と違ってくるかもしれない!
    それには「時間薬」が必要じゃないかな?
    ポロやシヨちゃんに寄せるあたしたちの「想い」も同じかも。。。

    芋がら美味しいもんな〜
    せっかく丹精込めて作った作物は、美味しいうちにいただかないとっ!食べてTABIさんの血となり骨となり肉(これは付き過ぎても困るけど(^m^))となるのだよーーー

  3. トム より:

    TABIさんの想いが・・・
    想像でしかないけれど、
    喪失感という意味では、
    今の私にも何だかわかるような気がします。

    本当に何年先になるんでしょうかね~
    見通しが立たない事って、ストレスにもなりますよね(汗)
    せめて数年後・・・だと良いですね。

    芋がら・・・初めて見ました(=^・^=)ノ
    所謂、干し芋でしょうか??
    地方によって呼び方が違うのかな??(笑)
    美味しそうですね♪

  4. ゆか より:

    TABIたん、お久しぶりです。
    震災後、少しでも元気に前向きにと頑張ってるなって思っていたけど、あの地震が
    起きた日が近づくと、やっぱり何ヶ月目という風にカウントしちゃうね。
    人々の記憶からあの大地震に大津波が少しずつ忘れ去られているという悲しい話を聞くことも
    ありながら、沢山のボランティアや自衛隊の方たちが瓦礫を撤去して、なんとか
    一刻でも早く以前の生活を取り戻そうとしている素晴らしさも知ることができたり。

    節目節目でTABIたん始め被災された方達は思い出しては苦しくて悲しくての
    繰り返しかもしれないけど、それでも無理せず元気でいてね。TABIたんが仮にたった一人でも
    故郷にまた帰れる日が来た時、切なさ以上に懐かしさが打ち勝つんじゃないかな。きっとそうだよ。
    お米と干し芋をがっつり食べて元気を出してね!!!!

  5. 斎藤美香子 より:

    Takemaさんへ

    お久しぶりです!!先日のTakemaキャンプは雨天にもかかわらず盛り上がったようで、さすがTakemaさんですねっ♪

    再度福島訪問、感激です。
    Takemaさんのように被災地へ心を向けるだけでなく、行動を起こされている方々の存在には、本当に勇気付けられます。
    きっと旅先でお会いになった方々も同じ気持ちだったと思いますよ。

    Jヴィレッジに行かれたのですね。あそこはJリーグ選手なども宿泊する施設で、部屋などもかなり立派なのですが、どうやらそうした立派な客室には「汚染されると困る」と鍵がかけられて、最前線で働く人たちは廊下や食堂で寝泊りしているらしいです。そうした部屋が使えるのは東電のお偉方だけとか。酷い話です!!

    久ノ浜も、あの美しい海岸は見る影もなくなってしまったのかなあ・・・。6号線が海岸のすぐそばを走っていて、風光明媚なところでしたが・・・。久ノ浜も広野も、高校の同級生らがたくさん住むところなので心配です。

    Takemaさんのご報告を聞いて、現地の姿が目に浮かぶようでした。ありがとうございます。

  6. 斎藤美香子 より:

    jessicaさんへ

    jessicaさんにもらったコメント、何回も読み返したよ。
    そうだね。今はこんな想いを故郷に向けてめぐらしているけど、きっとその想いの質は段々変わってくるよね。
    ホントにシヨの時も、時間薬の効き目を実感したもんなあ・・・最初は悲しいばっかりだったけど、今ではたくさんの思い出と温かさをくれたシヨへの感謝の気持ちで、いろいろ思い出せるようになったし。

    芋がら、jessicaさんも好き?
    あと3束しかないのよ。でもとっておいても味が落ちるだけだもんね。
    かみしめていただくわ。

  7. 斎藤美香子 より:

    トムさんへ

    いや~、トムさんの方が、絶対私より大きな大きな喪失感の真っ只中にいるだろうに・・・(涙)。
    それでも日々息子さんやご家族のために明るく過ごしてる姿には、ホントに勇気づけられます。

    工程表では来年~とか言ってるけど、来年なんてありえないと思う。
    場所によっては可能性はゼロじゃないと思うけど、チェルノブイリ以上のセシウム土壌汚染を受けたウチの辺りは、きっと何年も無理かな~と思う。そんな場所に政府がすぐに帰すようなら、「何とか補償金を最低限にしようとしてるんだな~」という思いを強くしちゃうな。

    芋がらはね~、干し芋ではないのよ~。
    サトイモの茎を干したもので、煮るとやわらかくなって、すっごく出汁も出て美味しいのよ。
    こちらではお店でも売ってるけど、結構いい値段かな。

  8. 斎藤美香子 より:

    ゆかたんへ

    お~、ゆかたん久しぶりぶり(→昭和っぽいでしょ?:爆)
    新居での生活はどうかな?いいなあ、一国の主じゃあ~。
    私は一生ヤドカリ生活かも(笑)

    私は、親戚や友人などは亡くしたけど、近しい家族は幸い助かったのに、やっぱりこんな喪失感があるから、ホントにご家族を失った人の思いはどんなものかと・・・気が遠くなる思いがする。
    でも、ゆかたんが言うように、ボランティアの皆さんや自衛隊の方々とか、ホントに被災地の皆さんの心の励みになってると思う。でも、こんなにたくさんの人が連日頑張っているのに、まだまだ瓦礫は陸にも海にも山積みだなんて・・・自然の力って過ごすぎる・・・。

    そうだね。今はなんかせつない思いばっかりだけど、時間薬でまた違う気持ちになって帰れるよね、きっと。

    ありがとね。

  9. 自宅でとれたカボチャやら、米、芋がら!
    都会(もどき?)育ちの私には、なんと豊かな生活なんだ!と驚くばかりです。駅の空気感もなにもかも、素晴らしい体感であり、すべてが失いたくないものであったのに・・・。
    たまらないね。。。。

    昨日ね、ブロ友さんの日記に、高知県の話が出てて。
    どの県も自分の県のことも考えて、備蓄品を全体の何割か、被災地のために届けたわけだけど、高知はなんと全部!備蓄品のすべてを被災地に届けたんだそうです。
    で、それを太っ腹!ととる人あり、高知だっていつ被災するかわからないのに、アマリに無謀だ!ととる人あり。笑
    こんな県があって私は嬉しかったのだけどね。
    無謀といえばそうかもしれないけれど、気持ちがいい行動。
    自分たちの分はとりあえず二の次で、まず全力で助けようとする
    その気持ちがあれば、
    日本はまだまだ乗り越えていけると思えました。

    時の経過に従って、その時々、色々な思いを味わっていかねばならないTABIさん。代わってあげることもできないけれど、こうして綴られるのを読むことで、共有させてもらえると思ってます。

    芋がらって美味しいんだろうなぁ。味の落ちないうちに美味しく食べて、明日へのパワーに!

  10. 斎藤美香子 より:

    シャンティcocoさんへ

    そうなの。ウチにも実家からよく野菜とか送られてきてたんだけど、もうそれもないのね~とか、なんか感傷的になることが、ここしばらく多かったわ~。直後は気も張ってたけど、ちょっと気持ちが緩んだせいかしらね。なんか感傷的になることが最近多かったです。cocoさんや皆さんのコメントにもウルウル来てしまうわ(涙)。

    高知県の話は知らなかった!!
    それはなかなか出来ることじゃないよね。わが身を振り返っても、自分の持ってるものを全部躊躇なく人にあげちゃうなんて出来そうもないちっちゃな私(汗)。その話は感動した。いい話教えてくれてありがとう。

    cocoさんは芋がら食べたことない?
    このあたりだと、スーパーでもたまに売ってるんだけど(結構高いけど)。
    お味噌汁にするのが一番美味しいのよ~。

  11. manchot より:

    震災から3カ月・・・節電ムードの日本列島。
    でも、なぜ節電?それは電力不足だから。
    なぜ、電力不足?
    震災で原子力発電所の稼働率が下がったから。
    なぜ、下がった?震災が来たから。

    ここで話が終わってますね。
    汚染地域の住民への補償は?
    今後生きて行く糧は?

    なんとか気持ちを切り替えて、0からのスタートを・・・
    と思っても、今のところ「マイナス」

    どうするか、政府や東電が会議室で話しても意味ないような・・・
    ちゃんと被災者の話を聞いて、まず、どうしたいか、そのために出来ることは何か?
    迅速に進めて欲しいもんです。

    ふるさとを失くした人、大切な人を失った人、その心の傷の深さを癒す言葉は見つからない。
    でも、ひとことだけ言います。
    「生きてください、辛いけど、生きていてください」

  12. 斎藤美香子 より:

    manchotさんへ

    今回の事故をきっかけに、国内の原発の稼動の是非の話にもなっていますが、肝心の事故を起こした福島第一の話は全く進みませんね。
    「一時仮払金」ってことで、退避地区の1家族に100万円支給されましたが、100万円なんか避難のための移動などに使ったお金・避難先で新しく購入しなければならない最低限の家具や家電など、本来なら不要な支出分さえもカバーされません。
    最初は「一時仮払金」と聞いてましたが、これが支払われた途端、もう賠償金の話に進展は全くなくなってしまったかのようです。
    避難で職を失った人たちが殆どで、日々の生活費も貯金を取り崩す毎日なのに…。

    高齢の方々などは、本当に生きる希望を失くしてしまうと思いますし、実際高齢者で自殺者も何人か出ています。ホントに、何かしら希望を確実に持てるような救済措置が早く決まるといいのですが。

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  • 斎藤美香子: シャンティcocoさんへ cocoさん、おひさぁ~~(#^.^#)...
  • シャンティcoco: ふぅ。やっとここに入れた・・・ と思ったら、...
  • 斎藤美香子: ようめさんへ ようめさん、コメントありがとう~~(#^....
  • 斎藤美香子: ダニーへ コメントありがとう。年末風邪ひいた時にビタミ...
  • ダニー: (=^・・^=) 向こうに住んでて、こちらにはたまに仕事で来るんでし ょ?...

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