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August 12th
2011

故郷の合同慰霊祭

カテゴリー: My Life / My Disney, Weblog, 東日本大震災

 

原発事故のため故郷で出来なくなった祖父の一周忌・そして、今回の震災で亡くなった故郷の方々への供養も兼ねて、両親とともに、福島県は南相馬市で開かれた合同慰霊祭に出席してきました。

早朝に出発する必要があったため、前日は両親の退避先に泊まり、当日は朝5時前に起きて準備。一時帰宅の際に仏壇から持ち出した祖父の位牌を持って出かけました。

退避先から裏道を通ってまずは相馬入り。私にとっては、4月に一時帰宅して以来の福島入りでした。まだ道路の補修が進んでいない山道を抜けて、学生時代から20年以上、故郷に帰省する際に利用してきた国道6号線に出ると、馴染みのお店や道路標識が目に入り感無量。


 (我が故郷の町に続く6号線)

相馬市は想像していたよりも車の往来に活気があり、ちょっとほっとしました。このあたりでは水田に青々とした稲穂が実っていて、これまた故郷の見慣れた風景に感無量。でも、検査の結果が基準値を下回っても、このお米は風評被害で売れないかも知れないことを考えると、胸が痛みました。

 

相馬市を抜けて、津波の被害が国道まで及んだ鹿島地区に入ると、水田には雑草が伸び、そしてその雑草の中に、打ち上げられた船が埋もれるような形になっていました。

 
 (3月末の震災直後の鹿島地区)

震災直後の3月下旬にここを通った時には、泥だらけの茶色の大地になっていたのですが、雑草が生えて緑の大地になった今、見た目の悲壮感はなくなっていましたが、それでも復興はあまり進んでいないのですよね・・・。


 (現在は、草の中に埋もれつつある船たち) 

そして今回の合同慰霊祭が行われる南相馬市の原町区。

丁度、南相馬市の避難準備区域の指定は、まもなく解かれるというニュースが入った時でしたが、やはり、相馬市よりは大分以前の活気が失われて、さびしい感じでした。ここ、原町区は私が高校生時代によく遊びに来ていた場所。そして何より、我が故郷の町はここの隣町。もう少し、この馴染みの国道6号線を南下すれば故郷の町なのに・・・。隣町まで来ながら、ここから先に進めないのはなんとも切ない気持ちでした。

 
 (原町駅。上野~仙台間を走る特急「スーパーひたち」が見えます。地震が来た時、このひたち号はここに停止していたのでしょうか。常磐線の復旧は見込まれていませんので、このままずっとここにある運命になるのか・・・)

そして、合同慰霊祭の会場へ。


この慰霊祭は、うちが檀家になっているお寺が、檀家さんのために開催したものでした。このお寺がある請戸は甚大な津波被害を受けた場所で、お寺の住職さんも云わば被災者です。それにもかかわらず、住職さんは立派な式場を借り、こうして慰霊祭を執り行ってくださる・・・ありがたいことです。しかも、費用も1家庭3000円という低額の会費制・・・立派な会場と出席者の数(お昼も出ました)を考えれば、大きな赤字でしょうに、更に塔婆・そして手作りと思われる復興への願いを込めたうちわまで配布してくださいました。

 

住職さんはお経もお話も大変上手な方なのですが、今回頂いた話も本当に心に染み入るようなお話でした。そして、今回新盆を迎えた全員の名前まで読みあげてくださいました。

今回新盆を迎えたのは合計120人で、内訳は震災前に亡くなった40名(祖父も含む)、今回津波で亡くなった方70名(わが町の津波の犠牲者はもっといますが、こちらのお寺の檀家さんでということです)、そして、被災後避難先で亡くなられた方10名でした。

名前を読み上げる時、戒名のある人は戒名も合わせて読み上げられました。しかし戒名がつかない方々も多く、これはつまり、今回の津波で亡くなられた方々の多くが、お葬式もあげられる状況ではないということで、本当に遺族の方々の心情を思いますと心が痛みました。

住職さんのお寺で、二世代に渡って塔婆の文字を書いていた書家のご一家も津波の犠牲者となったそうです。

 

それにしても、避難先で、このお寺の檀家だけでも10名も亡くなったとは・・・ちょっと驚きました。きっと、この震災の心労が祟って亡くなられた方々も多いのだと思います。

 出席者の中には、普段着の方々もたくさんおられましたが、こうした方々はきっと一時帰宅も出来ていない方々、もしくは家を津波で失った方々であろうことを考えると、本当に我が故郷が置かれている状況・・・地震と津波で多くの人命や家・財産が失われただけでなく、その復興に手をつけることも出来ないうちに、殆ど着の身着のままで故郷を追われ、そして長い間をかけて築いてきた財産や慣れ親しんだ土地や隣人らから切り離されてしまい、そこに戻れるのか戻れないのかもわからない・・・は、本当に異常で、憲法で保障されている基本的人権さえも享受出来ない不条理な状況なのだと、行き場のない思いで一杯になるばかりでした。

 

でも、そんな思いを癒してくれたのは、久々に顔を合わせた友人知人同士の、慣れ親しんだ故郷の訛に溢れた素朴な会話。若い頃は必死に隠そうとした故郷の訛を、こんなに愛しく感じる時が来るとは・・・。

両親も、滞在先も連絡先もわからなくて連絡が途絶えていた隣人や知人たちと再会し、嬉しそうな顔をしていました。そして何より、「祖父の一周忌もやってあげられないなんて」と気にしていた様子だったので、ちょっとほっとした様子も見えました。

 

7月末に事業所枠で一時帰宅を果たした両親でしたが、聞けば、故郷への立ち入り許可は今月末を持って最後になるとのことでした。つまり、来月以降は、原発退避区域の指定が解けるまで、誰も町に入ることが出来なくなるということです。

「解けるまで」と言いましたが、果たして「解けるのかどうか」もわからないし、また、解けるとしてもずっと先というのが、現実的な見方ですので、この話を聞いて、まるでこれで永遠に故郷と別れることになるような、大きな喪失感が改めて心にのしかかりました。

 

この期限前に、両親は再び一時帰宅を申請したようで、今月末に再度一時帰宅をするということでした。

 

「私も行こうか?」

私がそう言うと母は、「あんたは若いんだから、何かあったら大変だから行くな!」とぴしゃり。

「もし行きたいなら、許可が出るかどうか解らないけど、追加申請しようか?」と父。

 「また、そんなこと言って!!何かあったら大変だから行かせるな」と母は父にもぴしゃり。

申請には相当の時間がかかるらしく、追加申請するなら早々にしないと間に合わないとか。

 

ということで、現在迷っています。

 

迷っている理由は、放射能を恐れるからではなく、前回の記事に書いたように、先月一時帰宅をした両親から聞いた変わり果てた故郷の姿を想像し躊躇しているのです。

私の思い出の中にある故郷は、震災前の平和な故郷と、そして3月と4月に行った時の、地震で建物や道路が崩壊してはいるものの、それ以外はあまり変わっていない姿。

その姿のままで、今後も故郷を想うのがいいのか・・・或いは現実を見るべきなのか・・・。

 

母たちが見たのは、野良牛たちでしたが、同じく事業枠で一時帰宅した友人のご両親が見たのは、腐敗臭漂う中につながれたまま皮だけになった何頭もの家畜だったそうです。両親は、「もう田畑も庭も草原だった」と言っていましたが、その友人のご両親は、「きっと、何年か後に帰宅する時には、森になっているだろう」と言っていたそうです。

.

前回の記事に書いたように、草原のように荒れ果てた故郷・鳥のさえずりも聞こえず犬猫の姿も見えない故郷・・・それを最後に見る故郷とするべきなのか、或いは4月時点での姿を最後に見る故郷とすべきなのか・・・本当に迷っています。

実家には、トラック一台にも積みきれないほどの私の幼少時代からの、そして家族の愛しい思い出の品々がありますが、何かを持ってきたいと思えばきりがなく不可能な話なので、そうしたものをとりに行きたいという気持ちは特にないのですが・・・。

 

本当に迷っています。ううう・・・どうしよう。

 

あ、ちなみに来週は、同じ町を故郷とする小学生以来の幼馴染たちと同窓会です。しかも場所は福島は猪苗代!会津は私が幼稚園まで住んでいた第二の故郷です。県民以外は敬遠するでしょうが(笑)、全員、福島で再会できる喜びを感じています。幹事でしばらく会合の場所探しなどもバタバタしましたが、それも嬉しい悲鳴でしょうか(笑)。

 

 

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コメント / トラックバック18件

  1. トム より:

    まずはお疲れ様でした!
    暑い中、お忙しい2日間を過ごされたことと思います(=^・^=)

    >>つまり、来月以降は、原発退避区域の指定が解けるまで、誰も町に入ることが出来なくなるということです。

    ちらっとTVで見ましたが・・・
    指定が解けるというのは、私はてっきり逆だと思っていました(汗)
    TABIさんのお母様のお気持ち、凄くわかりますよ!
    特に取りに行きたい物がないということなので、
    私も前回4月の記憶を大事にしばらくは過ごされた方が良いのでは??と思います。

  2. Takema より:

    トムさん同様、自分も逆だと思っていました。

    でも自分だったら‥それが実質的な最後のチャンスに
    なる可能性があるのならばわたしは‥行きます。

    TABIさんの立場に立ち代ることは決して出来ませんが、
    それを承知で好き勝手なことを言わせていただけるなら、
    「本当の最後になるかもしれないふるさとの記憶を
    絶対自分の中に直接取り込んでおきたい」と思うのです。

    あ、でも所詮第三者の思いですから無視していただいて構いません。

    昨日今日の検査で千葉の早場米が「検出せず」レベルだったそうです。
    福島の桃も無事だったようです(すでにたくさん食べてます)。
    自分は川俣町の田植え風景を見ているので、
    検査次第ではありますがOKであれば必ず買いに行きます。現地まで。

  3. 斎藤美香子 より:

    トムさんへ

    ありがとうございます(涙)

    それと…Takemaさんのコメントも見て、「私の書き方が悪かった~(汗)」と気づきました。

    えっと、状況としては、原発から20~30km圏内の「避難準備区域(南相馬市とか)」は、もうすぐ準備区域を解除され、住民が望むのであれば、以前のように普通に暮らすことが出来るようになります。
    また、これまで一時帰宅も許されなかった「原発から3km圏内」の住民には、もうすぐ短時間の集団一時帰宅が町単位で行われます。
    ただ、私の町のように「20km圏内の(強制)退避区域」に関しては、その自治体によって対応が違うかもしれませんが、わが町に関しては「来月以降は一時帰宅の許可を出さない。許可申請を受け付けない」となるようです。

    これは国の方針というよりは、「自治体の体勢の問題からの打ち切り」のようです。つまり、町単位の集団一時帰宅にしても、うちのような事業者枠一時帰宅にしても、膨大な事務・準備に町役場職員が忙殺され、他の仕事に支障が出ることになるので、今月一杯で打ち切るということのようです。
    あとは、国が「強制退避区域」の指定を解かない限りは、立ち入りは出来なくなる見通しなのです。

    なんか、書き方悪くてすみません(涙)。

    それと、トムさんだったら、ということでのお考えを書いて頂き、ありがとうございました。父は「短時間の一時帰宅なら放射線量も害はない」と考えているのですが、母は、私が以前甲状腺の疾患&手術をしたこともあって、とても心配しているのです。
    ううう・・・私も気持ちが弱いので、なんか故郷の変わり果てた姿とか、何よりも動物たちの可愛そうな姿とか見るのが恐いんですよね。猫はまだチラチラ生き残っているようなのですが、なんか、そんな猫を見かけたら、もう脳裏に焼きついてどうしようもなくなりそうな・・・(涙)

    いろいろありがとうございます(涙)

  4. 斎藤美香子 より:

    Takemaさんへ

    あっ!もしかして帰省先からでしょうか?ありがとうございます!

    えっと、トムさんへのレスにも書いたのですが、「指定解除」などなどの話、すっごく解りにくい書き方でしたね。すみません(汗)。ということで、トムさんのレスに実情を詳しく書き直しましたので、そちらをごらんください。

    それと、「Takemaさんだったら」のご意見ありがとうございました。
    情けない話ですが、今は「他の人ならどう考えるだろ?」というのが、とても知りたいことなので、とても有難かったです。
    そうなんです。Takemaさんがおっしゃるように「変わり果てていても、故郷の姿、もし最後になるのなら、つらくても見ておかなくてはいけないのではないか」と強く思う自分と、トムさんへのレスに書いたように、つらい現実を直視することが恐いヘタレな自分の間で、葛藤しているのです。

    でも、多分、どちらを選択しても、帰省した直後は、選ばなかったほうにすればよかった・・・と後悔するんだろうなという気がします。つまり、行けば、残された動物や荒れ果てた故郷を見てつらい思いになって、「行かなければよかった」と思うだろうし、行かなければ行かないで「やっぱり行けばよかった」と。

    結果的にどちらがよかったのかは、しばらく時間が経たないとわからないのかも、と思います。

    福島の桃もそのほかのものも、検査OKなら全然問題にせず、積極的に消費してくださっているTakemaさん、地元民としては本当に有難いです。私は地元民なので、積極的に食べてはいますが、果たして自分がこの地から遠くの出身で、全く関係ない立場にいたら、Takemaさんのように行動的できるか・・・わかりません。なので、Takemaさんの行動力と心意気、尊敬するばかりです。

  5. adelie より:

    こんにちは。
    原ノ町駅、4編成ほど止まったままでしたね。
    北は津波で2駅程流されているようですし(坂元駅と新地駅?)、南は警戒区域ですししかも富岡駅流失、動きだすのはだいぶ先になりそうですね・・・。
    私が訪問した際は、駅前の図書館も閉まっていました(最近再開されるとかされたとか耳にしましたが)。
    亘理からのバスの車窓を見る限りでは、山元・新地のあたりの田んぼは作付されておらず、相馬に入ると稲が青々としていましたが、南相馬に入るとまた作付されていない田んぼ、さらには船がひっくりかえっていて・・・言葉もありませんでした。
    このときは、帰りは115号線で福島市に抜けたのですが、こちらも福島市街地に入るまではひっそりとしていましたね。

    避難準備区域、原町や広野にも人が戻るかもしれないですね。
    でも南相馬は小高区がずっと警戒区域のままですし、ほとんどの区域が30キロ圏外の鹿島区は大部分が何の指定もなく、でも一方では計画的避難区域やら特定避難勧奨地点やら、1つの市がいくつにもわかれて複雑そうです。何の指定もない30キロ圏外でも、沿岸部は津波の被害もありますし、鉄道は北も南も止まっていますから、地元の方のご不自由さは想像を絶するものがあるのかな・・・と思います。

    猪苗代・・・県外ですけど行きたいです。でも、浜・中と違って日帰り圏内ではないので、なかなか難しいです(T_T)
    福島のきゅうりやトマト、茨城の葉物野菜とかは、ちょくちょく食べてます。
    近所のスーパーによく陳列してあった栃木県産の牛肉は店頭から消えました・・・(>_<)

    そうそう、今日は「犬吠埼マリンパーク」を訪問しました。銚子市の地震被害は軽微だったようですが、隣の旭市では亡くなられた方が2桁になるようですし、反対側の神栖市は水道の復旧が大変だったそうですので、こちらもまた被災地かな・・・と思いました。
    水族館は高台にあり、津波被害はなかったようですが、揺れでイルカプールのろ過装置が損傷したらしく、水がすっかり濁っていました。直接海水を入れて水質調整しているそうです。
    ペンギンプールとアザラシプールも何だか濁っているように思いました。
    でもペンギンは去年と変わらない数いましたし、亜成鳥も5羽いました。
    またそのうち上田先生のところと涼さんのところにレポ載せます(←自分でブログ管理等面倒がって人様のところに好きにコメントしています(^^ゞ)

    警戒区域への立ち入り、私なら微妙・・・現実を見届けたいという気持ちと、現実を直視できるかどうか・・・葛藤しそうです。あと、家族がどう思うかというところもポイントかもしれません。もし家族が反対した場合、それは私を心配してのことですから、押し切って立ち入ると家族の心労を増やすことにもなりかねないかな・・・と思いますので。
    まあ、短時間の一時帰宅なら、放射性物質を吸って身体に取り込まなければ害はないと思っていますが・・・(国際線の航空機で浴びる放射線に比べたら・・・)

  6. どらきら母 より:

    まだまだまだ・・・続くのですね。

    同僚が会津若松の出身で今も娘さんが嫁いでいます。
    昨日の添乗員さんも福島出身のアラフォーさんで元気でした!
    福島は果物、お米、お肉、魚なんでも美味しい所なんです・・・と
    ほんとにそう思います。福島大好きです!

    母の立場でやはり娘にはいい思い出を残したい!現実を知る事も大事でしょうがお母さんは娘が大事なんです。

  7. 斎藤美香子 より:

    adelieさんへ

    コメントありがとうございます。
    さすがに現地の情報は、行かれただけあってお詳しいですね。

    常磐線の復旧の可能性は不透明ですね。まずは、流された新地や坂元駅のあたり。同じ場所に線路・駅舎を建てるなら、そう難しい話ではありませんが、今後の津波対策から場所を変えて建設されるはずなので、当面その場所決定・立地確保もままならないと思います。そして、何より警戒区域…警戒区域内も、3月に行った時には双葉あたりの線路が相当やられていましたし、何より、建設で人が入れる状態になるのかどうか・・・。

    小高も漸く津波がひいたような状態で結構酷かったし、あのあたりは高校の同級生も多いんです。…あ、市町村統合はそんなに昔の話ではないので、私の中ではまだ、原町市、小高町、浪江町という呼び方がピンときて、南相馬は慣れないですね。

    そうですか、犬吠埼に。私は行ったことがありませんが、ろ過装置がやられたのも大変ですね。

    立ち入りはadelieさんなら微妙ですか・・・。
    両親は行くのですが、崩れた蔵の中の荷物も出すといっているので、年寄り2人だけで行かせるのも心配なんですよ。父は豪胆なタイプなので多分「故郷を見ておけ」という気持ちでいると思います。逆に母は心配性なので、甲状腺の病気を10年間くらいわずらった私の被曝を心配しています。まあ、両者の思いは正反対というところですね。

  8. 斎藤美香子 より:

    どらきら母さんへ

    母親の立場からの貴重なお話ありがとうございます。
    う~ん、母の立場・・・先のadelieさんへのレスに書いたように、父と母の思いは真逆な感じなのですが、母は「被曝で甲状腺の病気が出る」と言われてますから、甲状腺の病気をしている私のことが心配なようです。

    昨日の添乗員さん・・・あ、バスツアーに行かれたんですよね(笑)。
    そうですね、ホントに穏やかな気候に恵まれた福島は農産物の宝庫で…毎度実家で寿司屋に行く度に、「東京の最高級店でも、こんなに新鮮で美味しいおすし(シャリも美味しいですし)は食べられないだろうな」と思っていました。あ~あ。

    「福島大好きです!」の言葉、心に染みました。ありがとうございます!!

  9. jessica より:

    緑の中にたたずむ置き去りにされた船。
    自然は何の躊躇もせずに、日々を重ねていくんだな〜とあらためて実感しました。そこに力強さも感じるし「情け容赦ない」営みも感じます。

    ご両親の正反対の気持ちがTABIさんの中にあるんですね。
    さすが親子、繋がってます。
    どちらがいいのか、自分はどっちを求めてるのか、むずかしいなぁ〜〜〜。。。お母様は「まだこれからを生きる」TABIさんへわざわざリスクのあるであろう場所には行って欲しくないんだろうなと思います。きっとうちの母もそう。
    もし自分なら・・・揺れる。ぐらんぐらん揺れちゃう。TABIさんが思うようにどっちにしても何らかの後悔みたいなものが生まれると思う。これが正しいって正解は無いんだと思う。
    TABIさんがTABIさん自身に「どうしたいの?」と問いかけて、玉ねぎの皮をむくように自分の核にたどりついて決めるのが一番いいんだと思います。
    「自分」に問いかけて出た答えが「正解」なんだと思います!

  10. Uk より:

    この2日、自分がそうだったらと想像して何回も思案してみました。
    恐らく私だったら行くことにすると思います。
    永遠ではないとは言え、何ヶ月も何年も立ち入れない可能性さえゼロではないのなら、この機会に行かないことで、
    次の機会までの長い間、ずっとまた気持ちの葛藤が続くかもしれないですからね。
    ただ、勿論、体のことは一番大事だから、それを考慮するとなるとやはり難しいですね。
    加えて、動物の悲惨な姿に悲しみも増すかもということになると、何とも・・・
    私なら多分その辺は大丈夫ですが、動物好きの方にはちょっと辛いでしょうね。

    一見して何の異常も無い駅や街並みの風景が、逆に物悲しく感じられます。
    こんな時なので、同窓会は楽しい思い出に出来るといいですね。
    残念ながらシモベとして幹事のお手伝いをすることは出来かねますので、頑張って下さい!(´艸`)

  11. manchot より:

    難しい問題ですね。
    原発退避区域の、解除・・・国はいろいろ隠すのがお好きだから、今言われている放射能物質の検出数値も、アテにならないし、実際の危険度、あるいは安全度はわからない。
    恐らく、住人の声で「早く戻りたい」と言えば、解除。でもなんかあったら自己責任。
    安全が確立するまで、解除しないでといえば、永遠に解除しないでしょうね。

    私の意見なら、辛いけど、現実をしっかり目に焼き付けておくことも、新たな1歩踏み出す糧になるような気がします。

  12. 斎藤美香子 より:

    jessicaさんへ

    ご意見ありがとう。
    母は心配性で、父は大雑把な性格で、私は両方受け継いでいる感じ(笑)。
    行くか行かないか…行かない方がいいかな?と思う大きな理由が、動物たちの悲惨な姿を見るのがつらいということなの。jessicaさんも猫好きだからわかってくれると思うけど。
    先月両親が一時帰宅した時、人の気配を察して、生き残った近所の猫が2~3匹近寄ってきたみたいなの。家にあった餌を出来るだけ与えてきたと言ってた。犬なら捕まえられると思うので、捕まえて何とか助けたり出来ると思うけど、猫は捕まらないからね・・・いろいろ考えたのよ。何とか捕まえて、退避区域外の人里において来ようかとか・・・。でもまず捕まらないし、飼い主もいるからそんな勝手なことしていいんかな~とか。

    だから動物見かけたら、もう何ヶ月何年、人は戻らないところに置き去りって・・・なんかトラウマになりそうでね(涙)。

    でも、とにかくjessicaさんの言うとおり、たまねぎの皮をむくように、自分を見つめてみるね。ありがとう。

  13. 斎藤美香子 より:

    Ukさんへ

    ホントに2日も考えてくださってありがとうございます(涙)
    さすが、真心を送る男は違う・・・(爆)
    いや、真面目にご意見ありがとうございます。

    そうなんですよね・・・前のコメント返しでも書いたのですが、多分どちらを選択しても、行った直後は後悔するんだと思います。行って悲惨な現実(特に動物とか)を見て、「やっぱり行かなければよかった」と思い、そして行かなければ行かないで、「やっぱり行けばよかった」と思う。

    どちらがよかったかは、しばらく後になってみないと実感できないかも知れません。

    お出かけになる直前までいろいろとありがとうございました。
    長い旅路になるようですが、お気をつけて~~。
    旅って、シモベ修行か何かでしょうか?(爆)

  14. 斎藤美香子 より:

    manchotさんへ

    またまた、親身になって考えてくださってありがとうございます(涙)

    警戒区域の解除は・・・大気汚染の数値はたいしたことはないですが、土壌汚染の度合いを考えると非常に難しいと思います。「土壌入れ替え」とか「除染」と言っていますが、現実的ではないですからね・・・。たかだか学校の校庭1つでも相当大変なのに。結局平地だけでなく、山や水源なども除染しないと、また平地に水が入って同じことですからね。費用の面でもいくらかかることか。多分国が土地を買い上げた方がずっと安く済むと思いますし、ホントに現実的じゃないです。

    予想では、自治体(県)に丸投げして責任転嫁しちゃうような気がします。任された自治体も困ってしまうでしょう。

    manchotさんのお考えも参考にして、ホントに心を落ち着けて悩みに悩んでみます。ありがとうございました!

  15. うーん。悩むTABIさんの肩をモミモミしてあげたいです。
    私からは何も言えないけれど、
    私は、お母上の言葉に従うのが一番かと思われます。
    (って、言ってみるww>v<) モミモミモミモミ 

  16. 斎藤美香子 より:

    シャンティcocoさんへ

    肩凝ってるからモミモミしてください(→とPCに肩を突き出してみる:爆)

    なんか一緒に考えてくれてありがとう(涙)
    私もcocoさんの肩をモミモミしてあげたいわ。ムフッ(笑)

    先日同窓会で福島県は猪苗代に行ってきました。cocoさんなら、好奇心全開であちこち歩き回るんだろうな~と思いつつ、ダラダラ過ごしてきただけの私でした(爆)。会津は幼稚園時代を過ごしたところなんですが、cocoさん好みのとこだと思います!

  17. ↑ 会津、好きですよ~。
    喜多方には酒造りのための稲刈りになど行ったことがあります。
    今日も喜多方生ラーメンを買ったところですわん。^w^

    突き出されたTABIさんの肩をPC画面の向こうに妄想して、
    モミモミ! 笑

  18. 斎藤美香子 より:

    シャンティcocoさんへ

    再びありがとう♪
    会津好きなんですね~(≧▽≦)
    猪苗代では白鳥ボートに乗り、野口英世記念館に行き、五色沼に行き、鶴ヶ城にも!!みたいな感じでしょうか。

    稲刈りって・・・かなりの通だあ~~~!!

    モミモミは、私みずみずしいきゅうりと化しましたんで(爆)、塩モミに(笑)

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  • 斎藤美香子: シャンティcocoさんへ cocoさん、おひさぁ~~(#^.^#)...
  • シャンティcoco: ふぅ。やっとここに入れた・・・ と思ったら、...
  • 斎藤美香子: ようめさんへ ようめさん、コメントありがとう~~(#^....
  • 斎藤美香子: ダニーへ コメントありがとう。年末風邪ひいた時にビタミ...
  • ダニー: (=^・・^=) 向こうに住んでて、こちらにはたまに仕事で来るんでし ょ?...

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